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壊滅都市の騎士と蛮族 1・遭難騎士、スケルトンに苦戦する 冒険

壊滅都市の騎士と蛮族 1・遭難騎士、スケルトンに苦戦する

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■白い腕
 土に塗れて転がっているのは、白くて細い腕である。
 見たところ、どうやら女性の腕だ。肘の辺りですっぱりと切断されており、断面には乾いた血が張り付いていた。
 白魚のようなほっそりとした長い指。黒く塗られた爪は、所どころが欠けていた。
「腕だなぁ」
 地面に転がっている腕を、テルビューチェで突っつきながらアン・バーバリーは首を傾げた。転がっている腕に違和感を覚えた身体。
「これ、いつ斬られたんだ? つい今しがた切断されたばかりのように瑞々しいが」
 白い腕だ。
 血色がいいとは言えないが、乾いていたり、腐っていたりするようには見えない。それどころか、今も血が通っているかのようにさえ思われた。
「まぁ、事情があるんだ。あまり詮索しないでくれ」
 対して、灰髪の騎士……ジークは少し呆れたような吐息を零す。その顔には、疲労と安堵の色が滲んでいるように見えた。
 それからジークは地面から腕を拾い上げると、大切そうに布に包んで荷物の中へと放り込む。そんな様子を眺めながら、アンは「うげぇ」とわざとらしい声を零した。
「腕なんて持って行くのか?」
「あぁ。まだ生きているのなら、きっと必要になるからな」
「……あぁ?」
 何を言っているのか? と、アンはさらに首を傾げる。そんな彼女に、苦い笑みを返したジークは、肩を竦めて歩き始めた。
「とにかく、必要なんだ。そのうち分かる……この先も付いて来るつもりならな」
 なんて。
 そう言ってジークは旅を再開するのであった。

■壊滅都市と蛮族
 壊滅都市。
 この大陸に暮らす者なら、誰もが知っている名である。
 だが、壊滅都市がどんな場所で、何があって、いかなる魔物が生息しているのかを知る者はごく少数に限られるだろう。そもそも、壊滅都市に足を踏み入れ、生きて帰還する者さえも滅多にいないのだから、それも仕方のないことである。
 さて、では壊滅都市がどのようなものかと言えば、大陸の中央に存在する廃墟群と呼ぶのがきっと正しいだろうか。或いは、遥か古代の遺跡と言ってもいいだろう。
 壊滅都市は二千年も昔に滅んだ先史文明の王国跡地である。
「そんな遺跡が今も手付かずのまま放置されてて、おまけに魔物の巣になってると……はぁん、そりゃ何て言うか、アレだな。なんとか衰弱だな」
 アン・バーバリーの吐いた言葉に、灰髪の騎士は首を傾げた。
「……もしかして栄枯衰退と言いたいのか?」
 そう言ってジークは胡乱な視線をアンへと送る。
 このアンという蛮族とジークが出逢って今日で三日目。いい加減、彼女の知識が大陸の一般的な水準に大きく達していないことには気が付いていた。
「あぁ、それだそれ。昔、姉貴から聞いた言葉なんだけど、どうにもうろ覚えでさ」
「姉君は君に比べて学があったのだろうな」
「でも、喧嘩なら私の方が強ぇよ?」
「強くとも、な……いや、君たち“蛮族”は強さこそを至上とする価値観なのだったか」
 身体を鍛え、強くなることにしか興味がない。
 強ければすべてを手に入れて、弱ければ何もかもを失う。そういう価値観で生きているのが“蛮族”だ。
 大陸にあるどこの国家にも属さない、故郷を持たぬ流浪の民たち。行く先々で村や街を襲い、旅人や商人から荷物を奪う法に縛られぬ戦闘集団。
 ジークも蛮族のことは知っている。実際に遭遇したことは無いが、アン・バーバリー曰く、彼女がそうであるらしい。
 彼女、アン・バーバリーは大陸全土に悪名を轟かせた“蛮族”たちの、ただ唯一の生き残りだと言うのだ。
 実際、ここ二、三年ほど“蛮族”による被害報告が無くなっていたことをジークは知っている。一時などは不審に思ったある王国が、捜索隊を組んでまで“蛮族探し”に乗り出したほどだ。
 それほどまでに“蛮族”たちは、大陸住人の……否、大陸国家の脅威であった。
「それが滅んでいたとはな」
「まぁ、自分たちで思ってたほど強くなかったってことだろ。弱かったから死んだんだ」
 強さこそを至上の価値観とする“蛮族”である。
 事実とは言え、自分の口で自分たちのことを“弱かった”と述べるのに、思うところがあったらしい。
 アンはいかにも不機嫌そうに視線を逸らし、これ見よがしに唇をつんと尖らせた。
「それにまだ滅んだわけじゃない。私が生き残ってるからな。子を産み、育て、また数を増やしていけばいい。そうすりゃ、十年か二十年で一族の再興も叶うだろ」
 そう言ってアンは、ジークの首に腕を回した。身長二メートルを超えるアンに比べれば、ジークは二十センチほども背が低い。おかげで肩を組むというより、伸し掛かられているような体勢になっているが、構わずジークはアンを引き摺り歩き続ける。
「お前を妻に娶るという話だったか。一族の掟だが風習だか知らないが、悪いな……俺にはそんなことをしている余裕が無いんだ。伴侶なら他を当たってくれ」
 右腕を大きく回して、首に絡みつくアンを押しのける。なお、左の腕は骨折中で満足に動かせないのが現状であった。
「他を当たれったってお前……私に勝てる奴なんて、早々見つかるわけねぇだろ? って言うか」
 だらん、と気の抜けたように両腕を垂らすと、アンは視線をぐるりと周囲に巡らせる。
 見渡す限りにずらりと並んだ一面の廃墟。二人が歩く広い街道のどこを見渡したとて、人の姿も、気配さえも見当たらない。
「壊滅都市の何処に男が居るってんだよ」
 目的地も無い旅を続けるアンとジークの周囲には、二千年も昔に滅んだ街の景色がただ永遠と広がっていた。

■遭遇スケルトン
 歩けども、歩けども、あるのはひたすらに古い廃墟ばかりであった。
 かつての王国跡地とは、地図で見るより随分と広いものらしい。
「ここは、いつも“こんな感じ”か?」
 正眼に剣を構えてジークは問うた。
 使い込まれた牙剣を、肩に担いだ姿勢のままにアンは軽く肩を竦めて答えを返す。
「概ねな。歩き回ってると……そうだな、数日に一回ぐらいか?」
 アンとジークが視線を向けた先に入るのは、鎧を着こみ武器を手にした骸骨たち。スケルトンと呼ばれる類のモンスターだが、その数は見える範囲だけでも既に三十を超えていた。
 スケルトンとは、弔われること無く野ざらしにされたままの死体が“成る”モンスターの代表である。壊滅都市の外でも時折、見かけることはあるけれど、その場合は多くても十体程度……ほとんどの場合は一体や二体が精々である。
 それが既に三十体。街道の奥の方からは、さらに多くのスケルトンが二人の元へと集まっているのだ。それはつまり、これだけの多くの人間がこの地で息絶え、そして弔われることも無く放置されていたという事実の証明であった。 
「モンスターにも縄張りってのがあるみたいで、踏み込むとこうして襲い掛かって来るんだよ」
「なるほど。壊滅都市で一年も生き延びていただけあって、アンの知識は役に立つ」
「おぉ、惚れたか?」
「いや、そこまでではないな。それで、アンはそういう時、どう対応していたんだ?」
 鎧を着こみ、武器を持っているとはいえ、所詮は動く白骨死体。筋肉も何もない身体は酷く脆く、そして大した力も速度も無いとなれば、大した脅威とも言えない相手。
 とはいえ、それはあくまで壊滅都市の外で遭遇した場合。
 壊滅都市に出現するモンスターは、外に比べて数倍ほどに強いというのが定説であった。
「加えてこの数。二人で軍団を相手にするようなものだが」
「ん? 出来ないのか?」
 ぶぉん、と空気の唸る音。
 牙剣を素振りするアンから、戦士特有の覇気と闘志が発揮されているのを感じ、ジークは小さなため息を零した。
 つまり、それがアンの答えだ。
 彼女はきっとこの一年、逃げることをしなかった。モンスターと遭遇する度に戦うことで窮地を切り抜けてきたのだろう。
「見ての通り、俺は左腕が折れている。アンに比べれば動きも鈍いので、さほど戦力にはならないと思うがいいか?」
「問題ない。適当に搔き乱して注意を引くから、斬れるやつから斬って数を減らしてくれ」
 じゃあ戦ろうか。
 散歩にでも出かけるような気安さで、スケルトンの群れへと駆け出すアンの背中を、ジークは黙って見送った。

(やはり強いな。“蛮族”とはこれほどのものか)
 ジークは内心でそんなことを考える。
 そりゃあ、もちろんアンの強さは知っている。壊滅都市に足を踏み入れてすぐに、彼女とは一度、命の取り合いをした仲だ。その際に折られた左の腕は、もう数か月ほど使い物になりそうにない。
 辛うじてジークは勝ちを拾ったが、身体能力という意味ではアンに勝っているとは到底、思えない。ジークがアンに勝利出来たのは、偏に相性の差に過ぎない。
 アンがどう思っているかはともかくとして、ジークは過日の戦勝を実力によるものとは認識していないのだ。
 とはいえ、しかし……。
「数が多いのがネックだな。生半可なダメージでは倒し切れないのも辛い」
 アンがいかに強いとはいえ、相手は数十体からなるスケルトンの大群である。彼女が牙剣を一閃させれば、ただそれだけで数体が砕けて宙を舞う。バラバラになった骨の破片が辺りに散らばる。
 だが、それだけだ。
「アン。頭蓋を砕かない限り何度でも立ち上がるぞ」
 地面を這いずる頭蓋骨に視線を落とし、ジークは言った。見ればアンが砕いて回った無数の骨が、まるで互いに引き合うようにそこかしこで蠢いている。
 その中で、まったく微塵も動かないのは頭蓋の砕けたスケルトンのみ。肉の無いモンスターに“心臓”と言うのも変な話だが、どうやらスケルトンにとっては頭蓋骨がそれに該当するらしい。
 実際、這いずる頭蓋をジークが剣で貫くと、幾つかの骨がまるで糸でも切れたみたいにピクリとも動かなくなった。
「叩くなら頭部だ」
「うるせぇなぁ! この数を相手に、一々頭なんて狙ってられねぇよ!」
 地面を這うような姿勢のまま、アンはスケルトンたちの真ん中を駆け抜ける。アンの軌道を追うように、砕けた骨が散らばった。
 横に構えた牙剣で、スケルトンを数体ほども纏めて薙ぎ払ったのである。どれだけの速度と膂力があれば、それが可能となるのだろうか。
 あまりにも常識外れな戦い方にジークは思わず目を見開いた。
「凄まじい技量だな。うちの騎士団にも、それほどの脚と筋力を有している者はいなかった」
「お褒めいただきどうもありがとう! いいから、お前も仕事をしろよ! その剣は飾りじゃないだろ!」
 数日ほど一緒に旅をしただけだが、アンという“蛮族”がある種の戦闘狂と呼ばれる性質であることをジークは正しく理解していた。だが、いかに戦闘狂とは言え、この数のスケルトンを相手取るのは容易なことではないらしい。
 その声と顔には、些かの焦りと疲労が滲んでいる。
「すまない。任せきりにしてしまった」
 アンを追って、数体のスケルトンが方向を転換する。試行錯誤する脳など持たない骨のモンスターには、それが悪手であると分からないのだろう。
「本能的に目立つ敵へ群がるだけのモンスターか。これなら俺でも狩れそうだ」
 背中を向けたスケルトンたちの後頭部に向け、ジークは剣を一閃させた。
 ぱきゃ、と小気味のよい音が響く。
 砕けた骨の破片が飛び散り、スケルトンたちは崩れ落ちる。
「おぉ! それだ!」
 散らばる骨を踏み砕きながら、アンがいかにも楽しそうに喝采をあげた。見れば無造作に牙剣を振り回しながら、ジークを剣を凝視しているではないか。
「目にも止まらない一閃! 私を斬ったのもそれだろう!」
「…………前を視ろ。敵はまだいる」
 とは言うものの、アンならきっと大丈夫だろうという安心があった。動きの鈍いスケルトンでは、アンを捉えることが出来ない。もし万が一、アンの身体にスケルトンの武器が届くことがあっても、大した傷にもならないだろう。
 筋肉の備わらぬ骨の身体で放つ攻撃は軽すぎるのだ。ジークの斬撃をまともに受けてなお、今のようにピンシャンしていられるほどに、アンの身体は頑丈だった。
「どこで身に付けたんだ、その技」
「昔に知り合った旅の武芸者に習った。曰く“居合い”という技術らしいが……まぁ、こんな直剣で使う技ではないので、少しアレンジを加えているが」
 危なげなくスケルトンを蹴散らしながら、アンはジークの話に耳を傾ける。余裕があって何よりだが、さて実際のところ彼女はともかくジークの方は、さほどに油断が出来る状況では無かった。
 動きの素早いアンはともかく、全身鎧のせいで動きが鈍いジークにとってスケルトンという敵は少々、厄介な相手である。
 その頑強な鎧が、スケルトンの武器を通すことは無い。だが、刃で肉が斬られないとはいえ、衝撃までを零に出来るわけでは無いのだ。
 加えて言うなら、ジークは大群の相手があまり得意ではない。その卓越した剣技と、身に纏う鎧は並の攻撃を受け止め、受け流すことが出来るだろう。
 だが、数で押されればその限りではない。少しずつでも傷を負い、少しずつでも体力を消耗し、その果てに待つのは“死”に他ならない。
 ジークの弱点は、蟻のように群がられることだった。
「アン。悪いがもう少し派手に暴れてくれないか?」
「あぁ? まぁ、いいだろう! 番の頼みを断っちゃ女が廃るというもんだ!」
 お前の番になった覚えは無いのだが。
 そう言う間も無く、アンはスケルトンの群れへと突っ込んでいく。雄叫びを張り上げ、豪快に牙剣を振り回す姿は、まさしく血に飢えた獣そのものだ。
 アンの咆哮に誘われるように、スケルトンたちは一斉に彼女に群がって行った。その背後を追いかけるようにジークは走り、背を向けたスケルトンから順に、頭蓋を叩き割ってまわるのであった。

 かくして、総勢五十を超えるスケルトンの大群は、一時間もしないうちにすっかり残骸の山へと姿を変えていた。
 街道を埋め尽くほどのスケルトンはすっかり片付き、砕けた骨も風に吹かれて灰と化す。
 後に残るはボロボロの鎧と武器ばかり。
 余力があればスケルトンたちの遺品として、武器や鎧を回収してやりたいところだが、何しろ絶賛、遭難中の身の上である。
「すまんな」
 ジークはせめてもの弔いとして、一か所に集めた武器や鎧の山に向かって祈りを捧げてやることにした。
 安らかな死を願う言葉に、何の意味があるのだろう。
 優しい言葉をかけられた程度で、死者の魂が救済されるのだとすれば……あぁ、命のなんと軽いことか。
「はぁん? 弔いってやつか? それに何の意味があるんだ?」
「さてな。俺にも分からん。分からんが……まぁ、習慣と言うやつだ」
 死した誰かに祈りを捧げた経験は、これまで何度もあった。
 その度に繰り返した自問自答。
 死後の魂は果たしてどこへ向かうのか。
 何十、何百の死人を見たが、未だ答えは見つからないまま。
「ところで」
 ジークの祈りが終わるのを待って、アンが街道の端を指さす。
 そこに転がっていたのは、細くて白い腕である。白骨化したスケルトンの腕とは明らかに違う、未だ肉のある女性の腕だ。
「あれ、なんだと思う?」
「……あれは」
 見間違うはずが無い。
 その腕こそ、ジークがずっと探していたものだ。
作品の詳細
作品ID n000010
作品名 壊滅都市の騎士と蛮族
読切り/連載 連載
タイトル 1・遭難騎士、スケルトンに苦戦する
クリエイター 衛元 藤吾 クリエイターページへ
カテゴリ 冒険
対象年齢 全年齢対象
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